【民事】債権回収・強制執行(民事保全・民事執行)
債権者の請求権を実現する手段が債権回収です。
債務者の任意の支払いが期待できない・困難な事案(特に近時の消費者事件)においては、民事保全手続、民事執行手続を活用する必要がある場合があります。これらの手続を活用することによって、回収可能性が高まることになります。
債権回収における工夫、新たな裁判例等、日々情報をアップデートし、迅速な対応を可能とする準備をしておくことが重要です。
以下では、私が知りうる範囲での債権回収における工夫例と、参考になる文献を整理します(随時更新予定)。
債権回収における工夫例
民事保全手続
担保金を少額とするための工夫…詐欺的消費者被害等
仮差押え後の分割和解
- 分割和解成立後に仮差押えを残しておく…和解条項の工夫(担保金のみ早期に取り戻す等)
振り込め詐欺等の事案における口座凍結と仮差し押さえの併用…振り込め詐欺救済法4条2項1号等により、訴訟手続が優先する。
保全の和解的機能…審尋手続(仮の地位を定める仮処分(必要的審尋事件)、保全異議審等)の活用
同一の被保全債権に基づく追加仮差押え
最決平成15年1月31日・民集57巻1号74頁…結論肯定
特定の目的物について既に仮差押命令を得た債権者は、これと異なる目的物についてさらに仮差押えをしなければ、金銭債権の完全な弁済を受けるに足りる強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、またはその強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときには、既に発せられた仮差押命令と同一の被保全債権に基づき、異なる目的物に対し、さらに仮差押命令の申立てをすることができる。
債務名義取得後の仮差押え…裁判例
- 東京高決平成20年4月25日・判例タイムズ1301号304頁…結論否定
債務名義を取得している債権者が債務者所有の不動産に対して強制競売の申立てをしても無剰余を理由に強制競売の手続が取り消されるおそれがある場合であっても仮差押えを申し立てることは保全の必要性がないので許されないとした事例。 - 名古屋高決平成20年10月14日・判例時報2038号54頁…結論肯定
債務名義を取得している債権者が債務者所有の不動産に対して強制競売の申立てをしたが無剰余を理由に強制競売の手続が取り消された場合においては仮差押えを申し立てることは保全の必要性があるので許されるとした事例。 - 東京高決平成24年11月29日・判例タイムズ1386号349頁…結論肯定
「仮差押命令は,民事訴訟の本案の権利の実現が不能あるいは困難となることを防止するために,債務者の責任財産を保全することを目的とする民事保全処分であり,金銭の支払を目的とする債権について,強制執行をすることができなくなるおそれ又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができるとされている(同法20条1項)。したがって,債権者が被保全債権について確定判決等の債務名義を有している場合には,債権者は,遅滞なくこの債務名義をもって強制執行の手続をとれば,特別の事情がない限り,速やかに強制執行に着手できるのが通常であるから,原則として,民事保全制度を利用する権利保護の必要性は認められないというベきである。
他方,仮差押命令の目的が前記のとおりであることに照らすと,債権者が被保全債権について債務名義を有している場合であっても,債権者が強制執行を行うことを望んだとしても速やかにこれを行うことができないような特別の事情があり,債務者が強制執行が行われるまでの間に財産を隠匿又は処分するなどして強制執行が不能又は困難となるおそれがあるときには,権利保護の必要性を認め,仮差押えを許すのが相当であるというべきである。」 - 大阪高決平成26年3月3日・判例時報2229号23頁…結論肯定
現時点で本件不動産の強制競売を申し立てたとしても、無剰余取消しとなる蓋然性が高いこと等をもって、保全の必要性を肯定した事例。 - 最決平成29年1月31日・判例時報2329号40頁…結論否定
強制執行認諾文言のある公正証書で養育料の支払が定められたが、その支払期限が到来しているものについて未履行分がある場合において、その支払期限が到来していない養育料債権を被保全債権として債務者所有の不動産に対してされた仮差押命令の申立てについて、民事保全制度を利用する必要性(権利保護の利益)を欠くとの理由でこれを却下すべきものとした原審の判断が是認された事例。
債務名義取得に関わる手続
迅速な債務名義の取得
- 公正証書…費用が低額、方法が比較的簡便、債権者債務者双方の出頭が必要
- 訴え提起前の和解(即決和解)…費用が低額、確定判決と同一の効力、債権者債務者双方の出頭が必要、債務者の住所地が管轄になる(管轄合意書の活用)
- 支払督促…金銭請求に活用、仮執行宣言付与による執行力の付与、異議申立てリスク(訴訟移行となり時間を要する、債務者の住所地が管轄になる)、公示送達が使えない
- 少額訴訟…60万円以下の金銭請求、一期日審理の原則、通常訴訟への移行リスク
被告選択の工夫…インフラ提供業者等
民事執行手続
全店一括順位付方式の口座差し押え
- 最決平成23年9月20日・民集65巻6号2710頁…全店一括順位付け方式につき結論否定
◆「民事執行規則133条2項の求める差押債権の特定とは,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならないと解するのが相当であり,この要請を満たさない債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。」
◆「本件申立ては,大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求めるものであり,各第三債務者において,先順位の店舗の預貯金債権の全てについて,その存否及び先行の差押え又は仮差押えの有無,定期預金,普通預金等の種別,差押命令送達時点での残高等を調査して,差押えの効力が生ずる預貯金債権の総額を把握する作業が完了しない限り,後順位の店舗の預貯金債権に差押えの効力が生ずるか否かが判明しないのであるから,本件申立てにおける差押債権の表示は,送達を受けた第三債務者において上記の程度に速やかに確実に差し押えられた債権を識別することができるものであるということはできない。そうすると,本件申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。」 - 名古屋高裁金沢支部平成30年6月20日決定・判例時報2399号33頁…結論肯定
債務者の金融機関(第三債務者)に対する全店舗及び全種類の預金債権を対象とする「全店一括順位付け方式」による債権差押命令の申立てにつき、差押債権の特定に欠けるところはないとしました。同決定によれば、「当該金融機関の個性ないし特性によっては、取扱店舗の表示を一箇所に固定せずとも差押債権の特定の要請を満たす場合があ」るとされ、差押え申立に先立ち、債権者代理人において当該金融機関に照会を行い、「個人の預金口座に対する差押えについては、当行本支店に債権差押命令が送達された場合、全店を対象として口座の確認を行っております。」等の回答を得ているところが特筆すべき点と思われます。
当事者目録の記載の工夫
債務者の財産の該当性に漏れがないようにするため、債務者の従前の住所、生年月日等、参考となる情報を当事者目録に盛り込む(当事者目録記載の住所と、第三債務者が把握している住所に齟齬がある場合、財産該当なしとの回答がなされる可能性があるため。)。
第三債務者への送達日を指定する方法による差し押え
執行官送達(民事執行規則20条3項参照)
「債権者は、送達と同時に強制執行を実施することを求めるときその他必要があるときは、執行官に対し、前項の書類の送達の申立てをすることができる。」
執行文の項毎付与、数通付与、債務者毎付与
- 執行文の数通付与の場合、債務者に通知が行きます(民事執行規則19条1項)。
- 執行文を主文の項毎に付与することもできます。例えば、債権者が複数名いる場合、複数通の判決正本の交付を受けるとともに、執行文の項毎付与を受ければ、債務者に通知が行くことなく、執行力のある債務名義を複数通用意することができます。
転付命令
金額が分かっている場合、競合者が多い場合等には、転付命令を付することを検討します。陳述催告に対する回答の結果相当額があると分かった場合、事後的に転付命令申立てをする(アトテン)方法もあり、確実な回収に繋がります。
判決確定後の被告の住所判明と更正決定
被告の住所が知れず、留置場所に送達され判決がなされた後に住民票上の住所地が判明したという事案において、民事訴訟法257条1項を類推適用することにより、被告の住民票上の住所を併記する旨の更正決定を行った事例(東京地決令和元年11月28日)。
迅速な債務名義取得と実効的な強制執行を検討するうえでも参考になる事例と思われます。
差押対象財産の実践的工夫
- 作業報奨金(差押禁止債権)
最高裁令和4年8月16日決定
刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律98条の定める作業報奨金の支給を受ける権利に対して強制執行をすることはできない。
Cf)刑務所の領置金の差押え(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第47条第2項第2号)
【参考】弁護士 雨のち晴れブログ : 刑務所の領置金の差押え (livedoor.jp) - 暗号資産移転請求権の差押え
債務者と第三債務者との間の暗号資産の交換等及び管理に関する契約に基づいて、債務者が第三債務者に対して有する暗号資産の移転を目的とする請求権(暗号資産移転請求権)を差し押さえる。 - Super Chat(スパチャ)の収益金の差押え
【参考】スパチャの差し押さえ命令 | さいとうゆたか法律事務所 (saitoyutaka.com)
財産開示手続…刑事罰による実効性確保
- 民事執行法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、債務名義の正本に表示された金銭債権である請求債権の不存在または消滅を執行抗告の理由とすることはできない(最決令和4年10月6日・民集76巻6号1320頁)。
第三者からの情報取得手続…活用できる場面と限界を知る
- 第三者から執行裁判所に情報提供書が届くと、執行裁判所は、債務者に対し、情報提供命令に基づいて財産情報が提供されたとの通知をします(民事執行法208条2項)。 通知書は、第三者から(第三者が2人以上いる場合は、最後の)情報提供書が提出された後1か月が過ぎた時点で、事件ごとに1回送付します。
参考になる文献(順不同)
- 荒井哲朗「消費者事件における債権回収」『弁護士専門研修講座債権回収の知識と実務』(ぎょうせい、平成26年)
- 荒井哲朗編著『改訂Q&A投資取引被害救済の実務』(日本加除出版、平成27年)
- 野村創『事例に学ぶ保全・執行入門』(民事法研究会、平成25年)
- 東京弁護士会法友会全期会保全実務研究会編『ガイドブック民事保全の実務』(創耕舎、平成26年)
- 虎門中央法律事務所編『裁判手続による債権回収』(民事法研究会、平成27年)
- 野村創『失敗事例でわかる! 民事保全・執行のゴールデンルール30』(学陽書房、令和2年)
- 東京弁護士会親和全期会編著『こんなところでつまずかない!保全・執行事件21のメソッド』(第一法規、令和3年)
- 松尾浩順『事例でわかる不動産の強制執行・強制競売の実務』(日本加除出版、令和4年)
- 田辺総合法律事務所ほか編『Q&A民事保全・執行実務の勘どころ110ー申立てから事件終了までー』(新日本法規、令和5年)
- 江野栄=秋山努著『Q&A振り込め詐欺救済法ガイドブック―口座凍結の手続と実践』(民事法研究会、平成25年)
- 小柳茂秀『財産開示の実務と理論―勝訴を無駄にしないための三段活用』(日本加除出版、平成25年)