【刑事】窃盗症(クレプトマニア)の刑事弁護
弁護士として業務に携わる際、病的に何度も窃盗を繰り返す窃盗症(クレプトマニア)の方、あるいはその疑いのある方と関わることもあります。
支援をする際の姿勢として、窃盗行為という表出した行動のみならず、その背景・原因を探ることが「スリップ」防止の観点からも重要となってきます。例えば、窃盗症には摂食障害が併発することがあると言われており、摂食障害の治療やそれに至った原因・背景を含めた支援をすることが重要です。
弁護士としても、最低限の依存症の知識を有しておくことが重要と思われます。
特に、司法における考え方、医療における考え方、日々変化・進展しており、常に最新の情報に接しておくことが重要です。
以下では、弁護活動において重要と思われるポイントの整理に加えて、私が今までに接した文献を整理します(随時更新)。
弁護活動のポイント
本人主体の支援
窃盗症からの立ち直りのためには、本人の治療・立ち直りへの意欲が欠かせません。
そのため、周囲からの押しつけではなく、本人主体の支援活動(更生支援)を心掛けることが重要です。本人がどうしたいのか、何を考えているのか等、本人のお話をよく聞いて尊重し、本人が行動を変えるための手助けができるよう、支援方針を策定していくことになります。
前提として、本人に窃盗症についての知識を持っていただき、治療・回復のイメージを共有することが大切です。下記文献等を紹介し、必要な説明を行うことで、必要な知識・情報を持ったうえで、支援策を構築していきます。
窃盗行為の原因・背景事情を明らかにすること
窃盗行為をなぜ繰り返してしまうのか、その原因や背景事情を明らかにすることが重要です。
そのため、医療・福祉とも連携をしながら、本人の人生歴・生活歴、病歴等について、本人・家族らから聞き取りを行うなどして、それらの情報を基に支援を構築していくことが重要です。
再度の窃盗行為に及ばないよう対策を本人・家族らと考え、体制を構築すること
窃盗症については、他の依存症と比較しても、特に再度の窃盗行為(スリップ)を防ぐ必要が高いところがあります。窃盗は犯罪であり、新たな被害者等を生むことになるとともに、再度の検挙等のリスクが高いためです。
そのため、本人、家族ら支援者と協働して、再度の窃盗行為に及ばないための対策を考え、実行する体制を構築する必要があります(以下に具体例の一部を記載します)。様々なアイディアを持って、自身にあった対策を講じていくことになります。
本人のみならず、周囲・支援者の理解と協力が重要になります。
【対策の一例】
- 買い物に一人で行かないようにする(家族や友人等と一緒に)
- ネット通販・カタログ通販等を活用する
- 買い物に行く際には、買い物リストを作成する、財布だけを持ちバッグ等を持たない
- 窃盗行為の兆候を理解し対策を講じる。4大引き金として知られているのが「HALT(Hungry空腹、Angry怒り、Loneliness寂しさ・孤独、Tired疲れ・暇)」です
- 通院・カウンセリング・自助グループ(KA等)への参加をする
- 窃盗症について知識を持つ(下記文献等が有用です)・窃盗事犯の公判を傍聴し俯瞰的に自らの課題を考える
- 関連した病気(摂食障害等)の治療を並行して行う
治療先の確保
窃盗症には摂食障害、認知症等の疾患が併発することがあると言われており、窃盗症に加えて、他の疾患の治療先を確保することが重要です。
有名な治療機関では「赤城高原ホスピタル」などがありますが、通院のしやすさ、家庭・仕事等の関係で、現実的に通院可能な治療機関を選択する必要がある場合もあります。
治療を行うほかにも、 自助グループ(KA等)への参加をする等が考えられます。宮城県にも自助グループ(KA)があり、定期的にミーティングを行っています(2021年12月現在の情報)。
環境調整-行政・医療・福祉・介護等との連携
窃盗症からの立ち直りには、医療・福祉の視点が重要になってきます。
そのため、本人・家族に利用可能な福祉サービス、介護サービスの選択と構築、行政・医療・福祉・介護等の関係機関との連携、福祉専門家(社会福祉士・精神保健福祉士)との連携によって、本人にとってより良い支援体制を構築することが有用です。
身体拘束からの解放
逮捕・勾留がなされている場合には、治療・環境調整等のために、勾留からの解放、保釈等の手続を講じることが重要です。特に、専門機関で治療を行うためには、身体拘束からの解放が欠かせません。
場合によっては、保釈請求を円滑に行うべく、治療機関(入院先)を制限住居とすることも考えられます。
家族への支援
窃盗症は、本人だけではなく、家族・周囲も悩みを抱えることが多く、家族からの協力をいただくことに加えて、家族への支援の視点も重要となってきます。家族への支援が、ひいては本人への支援に繋がる側面もあります。
家族の支援を行う専門機関もあり、同じく医療・福祉等と連携をしながら、家族のご希望・ご意向を尊重し、支援を模索していきます。
※ 家族支援の詳細については、【医療】依存症(アディクション)の弁護活動 に掲載した各文献もご参照ください。
窃盗症(クレプトマニア)一般
彼女たちはなぜ万引きがやめられないのか?
(河村重実著 竹村道夫監修)(飛鳥新社、2013年)
万引きを繰り返してしまう方について、豊富な実例や実情、基本的知識が分かりやすくまとめられています。
語り口もわかりやすく、1冊目に読みたい書籍です。
窃盗症 クレプトマニア その理解と支援
(竹村道夫=吉岡隆編著)(中央法規、2018年)
豊富な臨床・実戦経験を持つ編著者が、豊富な実例を紹介しつつ、当事者・家族・医療・相談援助・司法・法律学・ジャーナリズム等多角的な視点から立体的に窃盗症について解説をしています。
上記書籍の副読本としても良いのではないかと思います。
クレプトマニア・万引き嗜癖からの回復~”ただで失敬”してしまう人たちの理解と再犯防止エクササイズ
(テレンス・ダリル・シュルマン著、奥田宏監訳、松本かおり=廣澤徹訳)(星和書店、2019年)
原著は英語ですが、窃盗症が全世界共通のものであることが分かります。再度の窃盗行為(スリップ)を防ぐための演習が具体的・実践的で充実しており、支援・活動のヒントを得ることができます。
万引がやめられない~クレプトマニア[窃盗症]の理解と治療
(吉田精次著)(金剛出版、2020年)
クレプトマニア治療の豊富な臨床経験のある著者の視点から、クレプトマニアの特徴、治療方法、万引きを止めるための具体的方策等が分かりやすく記述されています。
基本的知識を得た後に、より実践的な対策を検討する際にも参考になります。
摂食障害と万引き(『摂食障害のすべて』所収)
(髙木洲一郎著)(日本評論社、2020年)
窃盗症は、摂食障害と併発することも多いとされています。
摂食障害の専門家の視点から、摂食障害と万引きの関係性、特に摂食障害の予防の重要性等について指摘されています。
刑務所の精神科医-治療と刑罰の間で考えたこと
(野村俊明著)(みすず書房、2021年)
刑務所などの矯正施設に精神科医として勤めた経験のある著者の視点から、主に矯正施設内における窃盗症について、実態の一端が分かる記述がなされています。
窃盗症(クレプトマニア) に関する刑事弁護
再犯防止のための治療につなげる刑事弁護
(林大吾弁護士インタビュー)『季刊刑事弁護No.94所収』 (現代人文社、2018年)
窃盗症に関する刑事弁護の第一人者から、刑事弁護の留意点、本人・ご家族・支援者との関わり、弁論における工夫等、実際の活動について役に立つ知見が多く記載されています。
治療的司法の実践-更生を見据えた刑事弁護のために
(指宿信監修、治療的司法研究会編著)(第一法規、2018年)
窃盗症(クレプトマニア)についても、最先端の弁護実践が具体的に記載されています。
行為依存と刑事弁護-性依存・窃盗症などの弁護活動と治療プログラム
(神林=斉藤=菅原=中原=林=丸山著)(日本加除出版、2021年)
刑事弁護の観点から、行為依存に関わる類型における弁護実践についてまとめられています。
窃盗症(クレプトマニア)についても、豊富な実践例等が具体的に記載されています。
病的窃盗について(『裁判官だから書けるイマドキの裁判』所収)
(日本裁判官ネットワーク著)(岩波書店、2020年)
裁判官の視点から、窃盗症(クレプトマニア)について記述されています。
刑の選択肢をもっと増やせないか、など、現場の裁判官の率直な悩み・考えについて記載されており参考になります。
責任能力判断の責任論的・心理学的基礎と実践【第1回】
(清野憲一著)(判例時報2404号120頁所収、2021年)
検察官の視点から、クレプトマニア(窃盗症)を理由として責任能力が争われる事例等について紹介されています。
記事中では、完全責任能力が肯定された東京高判令和2年11月17日、東京高判令和2年11月25日も紹介されており、検察官の考え方の一端をうかがい知ることができます。
窃盗症(クレプトマニア) に関する判例・裁判例
東京高判平成28年5月31日
被告人を罰金50万円に処した原判決の量刑を結論として是認したものです。
量刑判断の枠組みと犯情の評価についても詳細な記述があり、参考になると思われます。
東京高判平成30年8月31日・判例時報2438号99頁
窃盗症(クレプトマニア)による執行猶予期間中の万引き事案につき、実刑とした原判決を破棄して、再度の執行猶予を付した裁判例です。
原判決との評価の差異等も含め、参考になると思われます。
東京地判令和2年4月3日
被告人が、本件犯行時、重症の窃盗症により行動制御能力が著しく減退した心神耗弱の状態にあったと認定した裁判例です。
窃盗症と責任能力の関係等を考察するうえでも、参考になる事例と思われます。
最判令和3年9月7日
被告人が重症の窃盗症にり患し、その影響により窃盗行為への衝動を抑える能力が著しく低下していた疑いがあり、行動制御能力が著しく減退していた合理的疑いが残るから、被告人は、本件犯行時、心神耗弱の状態にあったと判示した原々判決に対し、何らの事実取調べをすることなく、完全責任能力を認めた原判決を破棄したものです。
控訴審における審理のあり方としても参考になる判断と思われます。
弁護士 社会福祉士 宮腰英洋(宮城・仙台)